東洋大学の高橋と申します。本学の経済学部では、今年度初めてN検を1年生対象に実施しました。今回、N検を導入した経緯についてお話させていただき、先生方のご参考になればと思っています。
■質の保証が求められる大学教育
まず、私たち大学が、高等教育で置かれている現状を改めてご説明させていただきます。大学への進学率が50%を越え、ユニバーサルアクセスの時代に入ってきたと言われています。戦後50年、高等教育の世界は量的拡大、つまり大学の新設が行われて市場の枠を広げてきました。ユニバーサル化した大学は何を求められているかと言いますと、文部科学省中央教育審議会などの答申では質の保証が中心の課題になっています。
平成4年が約205万人だった18歳人口は、現在110万人から120万人に減少しています。対して、大学は平成4年の約500校から、約750校まで増加しています。学生が減っているにも関らず、大学が増えているという状況です。そのため、全入時代は大学さえ選ばなければどこかの大学、短大に入れる計算です。結果、4年制大学では47%、短大では67%がそれぞれ定員割れになっている訳ですが、そこで何が起きているかと言いますと、推薦入試やAO入試、少科目入試や1科目入試を拡大することになりました。推薦入試は定員の最大5割までという規制がありますが、AOにはありませんので、大学によっては、AOと推薦入試で、定員の7割の合格者を出しているところもあります。
このように、以前に比べて大学へ簡単に入学できる状況から、高校生が勉強しなくなってきているのは明らかです。高校の先生方も生徒のモチベーションを維持するのにご苦労されていると思います。
進学率が50%を越えたということは、従来なら入学できなかった層の学生が入学してくるので、学力の低下をはじめ、学生の価値観も多様化してきます。特に、社会認識力や、自己認識力が薄い学生、目的を持っていない学生がどこの大学でも増えているようです。この傾向は東大や明治をはじめ、本学も同様です。昔の大学は、先生が講義で話をして、学生がノートにとって調べて勉強するというのが一般的でしたが、質の保証を求められる現在は、4年間で何を得ることができたのかと問われるようになってきています。
文部科学省は大学生に求める能力として「学士力」という言葉を使っています。そこでは社会人として求められる基礎的かつ普遍的な能力を挙げています。経済産業省も「社会人基礎力」、関西経済同友会では提言の中で「社会力」という言葉を使い、求める能力を明示するようになりました。いずれも学力より学習を継続する能力を身につけることが必要だとしています。
■入学者の読解力の低下が課題に
本学がニュース検定を取り入れた経緯をお話します。専門基礎科目のマクロ経済学とミクロ経済学を担当する若手の先生と昨年、事業運営でヒアリングする機会がありまして、「(先生方が)事業運営で困っていることはないか」と聞いたところ、「入学者の能力がここ2、3年低下してきているようだ」という話が出てきました。本学は入学定員が3学科合わせて600名弱で志願者約1万人ですので、合格するためには勉強しないと合格できないと思っておりました。「では、どのようなところに現れているのですか」と聞いたところ、「読解力が低下している」という話でした。「読解力の低下とは具体的には何ですか」との問いに、「長文です。長文と言っても4行から5行を越える文章になるとわからなくなる学生が増え始めている。この文章で何を求められているかがわからない」。あとは3段論法が理解できない学生が出てきたとのことでした。
マクロ経済やミクロ経済では数学の初歩的知識が必要ですが、3段論法を用いて教える場合、3段論法がそもそも何かがわからない学生が出てきている。さらに必修科目で宿題やレポートを課しても出さない学生も出てきており、これまでいなかったタイプの学生が入学していることが明らかになりました。
先ほど「社会人基礎力」という言葉がありましたが、社会から身につけてほしい能力が明確となっているのに、関心がなかったり、自分の能力がどこまで到達しているのかを、知ろうともしない学生がいるということがありまして、これは早急に読解力の低下を防がないといけないと思った次第です。読解力はすべての物事を理解する源泉になる知識だと思います。
■読解力の低下を防ぐには、新聞を読ませることが大切
読解力の低下を防ぐためには、新聞を読ませることが一番だと考えています。今の学生は携帯電話やインターネットの中で育ってきて、本当に活字を読まなくなってきています。活字を読まない学生に読めと言っても、まず読みません。その仕組み作りをどうしようかと考えた時に出会ったのが、N検でした。導入にあたっては、1年生必修の基礎ゼミを活用しました。このゼミは上級の学年に進学するための基礎的な能力を身につけることが主眼で、文献を検索する能力、レポートの書き方、プレゼンテーションの仕方、ディベートなどについて学びます。この基礎ゼミで新聞を読む癖をつけさせ、新聞記事を題材にプレゼンテーションやディベートをしてもらうように働きかけています。
検定は、2部学生も含めて1年生全員が受検しやすいように、大学に準会場を設けて団体受検の方式を取り入れました。今回は検定料を経済学部で負担することにして、学生の負担がないようにしました。
N検と基礎ゼミが連動することで、学んだことを客観的に測る効果や、資格も同時に取得できるメリットもあります。
■時事問題の習得から経済学への理解を深めて、持続的な学習を身につける
経済学部に入学してくる学生の大半が、受験科目は日本史か世界史です。政治経済で受験する学生は比較的少ないのが現状です。大学に入学後、為替がどうなっているのか、為替の変動がどう影響するのか、需要供給曲線が出た時に、一体現実の需要と供給はどうなっているのか、その辺りがリアルの世界となかなか結びついてこないようです。ですから、今、日本や世界で何が起きているかということと、専門的な科目とリンクさせるためには、時事を理解するのが非常に大切なことなのです。
今回は初めての実施ということで、4級から実施しました。その結果、87%の学生が合格しましたので、次回からは3級からのスタートを考えています。答案を分析した結果、本学の学生は国際経済や、最新の用語に関する設問の正解率が低いという結果が出ました。
こうした資料を基礎ゼミに還元し、苦手としている部分については、授業の中で力を入れてほしいとリクエストをしています。導入成果はすぐ出るわけではありませんが、学生にアンケートをしたところ、さらに上級を目指したいという学生も出てきていますので、次回以降は上級に向けての取り組みも考えたいと思います。就職への動機付けですが、N検4級は履歴書に記載していい資格ですと学生には周知しています。来年以降もN検を実施する予定ですが、時事問題がわかることによって経済学への理解を深め、これが契機になって持続的に学習することを身につけてもらいたいと考えています。そこで新たな取り組みができましたら、皆さんにまたご報告できればと思っております。